イラン・イスラム共和国とは?
西アジア(中東)に位置し、古くは「ペルシャ」の名で知られた広大な大地に根ざす国家です。数千年の歴史の中で多民族の支配を受けながらも、独自のアイデンティティを保持し続けてきた「知と芸術の国」でもあります。
基本データ
首都
テヘラン
公用語
ペルシャ語
宗教
イスラム教シーア派(国教)
歴史的呼称
1935年に当時の国王(パフラヴィー1世)が外交上の国名を「イラン」とすることを世界に求めましたが、それ以前は国際的に「ペルシャ(Persia)」と呼ばれていました。
地理と気候
「砂漠の国」というイメージを持たれがちですが、実際には多様な表情を持っています。
北部の連峰
首都テヘランの背後には標高5,000mを超える雪を冠したエルブルズ山脈がそびえ、スキー場も点在します。
四季の存在
四季がはっきりしており、雪の降る都会の風景もイランの真実の姿です。
民族と文化
「イラン=アラブ諸国の一員」という誤解が多いですが、文化も歴史も大きく異なります。
洗練された文明
紀元前から続く高度な文明を誇ったペルシャは、古来より「文化や民度が非常に洗練されている」という自負を持ってきました。
芸術を重んじる気風
詩文学、ペルシャ庭園、絨毯、そして現代の映画芸術に至るまで、美を愛でる精神が国民の根底に流れています。
宗教と国家体制
7世紀のイスラム化以降、ペルシャは独自の宗教文化を育んできました。
世界唯一のシーア派国教国
イスラム教の中でもシーア派を国教としているのは世界でイランのみです。これが、周辺のスンニ派諸国との政治的・歴史的緊張を生む一因となっています。
その他の信仰
現在の国教はシーア派ですが、歴史的にはゾロアスター教をはじめ、キリスト教、ユダヤ教なども信仰されてきました。現在も、これらの宗教は少数派として憲法で認められ、信仰の自由が(一定の制限下で)保障されています。
政教一致の体制
1979年のイスラム革命以降、宗教指導者(最高指導者)が国家を統治する「法学者の統治」という独自の体制をとっています。
二重のアイデンティティ
革命前の世俗的な「ペルシャの伝統」と、革命後の厳格な「イスラム的規律」。この二つの顔が常にせめぎ合っているのが、現代イランの最大の特徴です。
